<交付申請書(2018年応募時)>
1.研究課題名 水産加工残滓のゼロエミッション化―日本型フードシステムの経済性・先進性の検証―
2.研究種目名 基盤研究(C)(一般)
3.課題番号 19K06213
4.補助事業期間 2019年度~2023年度
5.研究組織 研究代表者 山下東子、研究分担者 天野通子、除本理史、山尾政博
6.研究の概要 漁獲・養殖された魚介類は主として食用に供されるが、その歩留り率は53.9%(水産庁調べ)と低い。すなわち、我が国の漁業生産量384万t(2016年)と輸入水産物385万t(同年)のうち丸魚で輸入されたもの約半分、暫定推定値336万tが、毎年残滓として排出されている。家庭ごみとなる残滓は15%程度で、残り85%が家庭以外で排出された水産加工残滓である。 そこで本研究では水産加工残滓を有効かつ効率的に利用し尽し、かつそこから最大の経済的利益を上げるために最適なフードシステム・モデルを導く。この基準に照らして日本の加工残滓利用技術やその利用実態が諸外国と比べて先進性を有するかを検証する。
7.研究の目的 本研究の最終目的は、水産加工残滓のゼロエミッションを達成するために必要かつ最適なフードシステム像を描くことにある。これを画餅に終わらせないために、具体的には以下の2つの目的を設定する。 第1は水産加工残滓処理の経済性の検証である。ゼロエミッション化を急ぐあまり減量とサーマルリサイクルを優先すると、中長期的に水産加工残滓から最大の経済的利益を引き出す機会を逸する。 第2は処理の先進性の検証である。多様な魚種を多様な形態で摂取する日本の食文化は、それに対応した小規模な水産加工場と小ロットの小売りによって支えられており、規模の経済性を享受できるような効率的な水産加工残滓処理に向かない。一方海外ではすでにゼロエミッションを達成している事例がある。比較研究を通じて、日本の食文化の継続を担保しつつ、加工残滓を組み込んだ先進的なフードシステムを構築するためのモデルを提示する。
8.研究実施計画 本研究は3年をかけて行う(←当初3年の計画だったが、コロナ禍で研究が中断したため、2年間の延長が認められた)。3年後には、本研究の具体的目標である、①水産加工残滓処理の経済性の検証、および②処理の先進性の検証を終える。 1年目(2019年度)は、自然科学系文献については注意深く水産加工残滓の減量化技術と有用物抽出動向について知識を共有する。また全国レベルでの水産加工残滓の質・量とその処理実態、コスト構造を把握する。2年目(2020年度)は海外の大規模工場でゼロエミッションへの取り組みを調査し、日本の先進性を見極める。3年目(2021年度)は、研究成果発表に注力する。水産加工残滓の減量化と有用物抽出による付加価値の創出を経済性・先進性の観点から総合的に検証し、日本の食文化を前提とした最適なフードシステム像を描き、そこへ至る道筋を示すことができるようになると期待される。 ところで水産加工残滓の社会科学的研究は、これまで事例研究が主であった。我々も事例研究は行うが、その究極の目的はフードシステムの中に水産加工残滓の経済的な処理と有効利用という相克する2つの課題を調和的に組み込むことにある。廃棄物処理は減量か商用利用かという択一的な選択に傾斜しがちであり、ゼロエミッション=環境と付加価値の創出=経済のバランスを検討するという視点は取られてこなかった。 そうした意味で本研究はまだ着手されていなかった視点で研究を実施する計画である。 本研究の学術的独自性は以下の2点にある。第1に、先行する事例研究から一歩踏み出して、生産から消費に至るフードシステムの中に水産加工残滓の処理と有効利用を組み入れる点である。第2に、日本モデルの先進性を疑うことから始め、総量としては大量であるが事業所別には多品種少量であるという条件不利を克服する方策を検討することにある。 3年間の研究を通じて水産加工残滓について最適なフードシステムが提案できれば、そのモデルは食品産業全体や多品種少量の水産加工を行う他国のフードシステム研究への波及効果が期待できる。
<研究成果報告書(2024年6月13日作成)>
はじめに:研究の背景と目的
漁獲・養殖された魚介類は主として食用に供されるが、その歩留り率は53.9%(水産庁調べ)と低い。すなわち、我が国の漁業生産量384万t(2016年)と輸入水産物385万t(同年)のうち丸魚で輸入されたもの約半分、暫定推定値336万tが、毎年残滓として排出されている。家庭ごみとなる残滓は15%程度で、残り85%が家庭以外で排出された水産加工残滓である(図1)。そこで本研究では水産加工残滓を有効かつ効率的に利用し尽し、かつそこから最大の経済的利益を上げるために最適なフードシステム・モデルを導き、この基準に照らして日本の加工残滓利用技術やその利用実態が諸外国と比べて先進性を有するかを検証した。
本研究の学術的独自性は以下の2点にある。第1に、先行する事例研究から一歩踏み出して、生産から消費に至るフードシステムの中に水産加工残滓の処理と有効利用を組み入れた点である。第2に、日本モデルの先進性を疑うことから始め、総量としては大量であるが事業所別には多品種少量であるという条件不利を克服する方策を検討することにあった。こうした独自性のある研究を通じて水産加工残滓について最適なフードシステムを提案すること、そしてこのモデルが今後、食品産業全体や多品種少量の水産加工を行う他国のフードシステム研究に波及することを期待している。
本研究の最終目的は水産加工残滓のゼロエミッションを達成するために必要かつ最適なフードシステム像を描くことにあった。これを画餅に終わらせないために、具体的には以下の2つの目的を設定した。第1は水産加工残滓処理の経済性の検証である(表1)。ゼロエミッション化を急ぐあまり減量とサーマルリサイクルを優先すると、中長期的に水産加工残滓から最大の経済的利益を引き出す機会を逸する。
第2は処理の先進性の検証である。多様な魚種を多様な形態で摂取する日本の食文化は、それに対応した小規模な水産加工場と小ロットの小売りによって支えられており、規模の経済性を享受できるような効率的な水産加工残滓処理に向かない。
一方海外ではすでにゼロエミッションを達成している事例がある。比較研究を通じて、日本の食文化の継続を担保しつつ、加工残滓を組み込んだ先進的なフードシステムを構築するためのモデルを提示した(図2)。
1.1年目の研究の状況と研究成果
2019年度のタスクは、①文献調査、②全国レベルでの水産加工残滓の質・量とその処理実態、コスト構造の把握であった。①については各自の担当分野を決めて取り組んだ。②については研究会に招いた伊澤あらた氏(連携研究者)より包括的な説明を受け、水産加工残滓処理を行っている5地域10か所の工場や研究機関を訪問した。それらは、静岡県冷凍マグロ加工残滓処理場(フォローアップ)、鹿児島県養殖ブリ加工残滓処理場、埼玉県卸売市場・飲食店の雑あら回収、広島県カキ殻処理、福島県除染廃棄物の再生利用である。
これらの調査結果から以下の5点の知見を得た。第1に魚あらと貝殻では残滓の質・量・使途が違っているため、今後は視点を分けて捉えていく必要があることを確認(表2)、第2にカキむき身作業の人手が不足している地域では殻付きカキが出荷され、カキ殻処理が川下に先送りされている実態。
第3に養殖ブリについては、養殖であることで残滓の安全性が高く、食用にも向けられていること、加工場で残滓処理にかける手間と残滓の高度利用の間にフードシステム上のトレードオフの関係があること。第4に川下での雑多な残滓からも、産地加工場から排出される同質で新鮮な残滓と類似の製品群が生産されていること。第5に残滓から作られる製品のトレーサビリティやエコラベリングが求められるようになる可能性があることである。当研究においてもそれを視野に含めるべきであること共通認識に至った。
2.2年目の研究の状況と研究成果
2020年度のタスクは①各自初年度の事例研究の取りまとめ、海外文献調査、②国内事例研究は可能となれば順次実施、③年度末以降に海外事例調査、④研究会は遠隔・オンラインで開催、⑤研究協力者と学生を対象に魚介類についてのアンケート調査を実施、である。
このうち②、③以外を実施した。①の成果は地域漁業学会大会の個別報告等で報告した。②は広島県において電話調査のみ行い、成果は次に述べる地域漁業学会の第1回ウェブ研究集会にて報告した。④はzoomで実施し、研究代表者・分担者・連携研究者間で議論した。⑤は大東文化大学生を対象にオンラインで実施したが、参加者が13名と当初予定に達しなかった。オンラインで研究会、研究集会、アンケート調査などを行うことができたのは、コロナ禍で急速に採用され始めたIT技術のおかげであり、これにより、これまで想定していなかったような地理的・時間的制約を当初は試験的に、徐々に実用的に突破することができた。
上述の研究集会は2021年2月20日13時から2時間半開催した。位置づけとしては同学会がコロナ禍での研究活動促進を模索していたため、会員サービスとして
zoomにアカウント契約し集会をしてはどうかともちかけ実現したものであり(当時研究代表者が学会の会長を、研究分担者が学会の前会長を務めていた)、25名が参加、その様子は業界新聞(末尾に添付)にも掲載された。天野の総合司会のもと、山下が「研究の到達目標と現時点の到達度」について、北海学園大学教授・古林英一氏が「自身の魚あら研究」について、八戸缶詰社長野田一夫氏が「産地加工企業の立場から漁業系廃棄物を考える」について、山尾が「広島県かき産地のカキ殻処理」について発表し、その後参加者を交えた質疑とディスカッションを行った。
3.3年目(2021年度)の研究の状況と研究成果
申請時点では2021年度に国内調査と、可能であれば海外調査を実施する予定であったが、県内在住の研究分担者による広島県内かき殻調査とコロナ前から継続的に調査を行っていた研究分担者による福島県調査のみ実施できた。
当初計画した8つの項目に従って進捗状況を報告すると①2020年度に実施したアンケート調査については、良好な結果が得られなかったため、公表は行わないこととした。②前年度に実施した研究集会の概要については、地域漁業学会誌で「研究会報告」として研究報告した。この研究集会は地域漁業学会として初めてのウェブ上での集会であったので、研究の内容のみならず、実施方法や今後の課題も含めて記録に残し、今後につなげるものとした。③学会誌その他の媒体で研究発表の準備をする点については、出版物による発表3本と口頭発表1本を行った。④研究会については、2月7日に中間的な研究成果を持ち寄り、zoomで研究会を実施した。ここで研究分担者と連携研究者がそれぞれ研究の中間報告を行い、研究がいまだ道半ばであることから、研究期間を一年延長することを願い出ることを決定した。⑤コロナ禍の制約を受け、研究対象範囲を拡大することを決定した。⑥国内調査は上述の通り実施したが、多くの調査候補地が未実施のまま残った。⑧海外調査は実施できなかった。
4.4年目の研究状況と研究成果
2022年度のタスクについては、研究期間の延長にあたって以下の軌道修正を行った。これまで魚あら(水産加工残滓)に限定していたところ、水産資材の廃棄物、水産に悪影響を及ぼす海洋汚染、食品ロスも研究対象に含めることで、研究上の制約(訪問場所、対象とする先行研究)を緩和する。訪問先についても、受け入れてもらえるところを優先させ、当初の訪問予定先とそのための予算を振り分ける。
その結果、①ホタテ貝殻を利用した地域資源循環システム(農業と水産業の間)の調査を北海道・常呂町で実施、②水産加工残滓の処理システムについて西予市、宇和島市の訪問調査、③広島カキのかき殻を含めたフードチェーンについて論文発表、④瀬戸内海の海ごみ問題についての調査と論文発表を行った。また、⑤研究内容の報告と進捗状況の確認のため、3月2日にウェブ研究会を実施した。その際、成果発表をするにあたって、これを国際集会とする可能性を検討し、具体策については2023年度に海外のカウンターパート候補者である白博士と検討することとなった。
5. 5年目の研究状況と研究成果
2023年度のタスクは、①水産加工残滓と食品ロスに関する文献調査・訪問調査、②ホタテ貝殻・カキ貝殻の残滓処理の先進事例収集、および③研究成果の発表を行った。一人の研究分担者(除本)は過年度に本調査研究を終えている。また④研究内容の報告と進捗状況の確認のため研究会を実施した。
このうち①については、2024年2月、静岡県焼津市「株式会社金虎」を訪問調査し、過年度に行った魚あら処理企業の事例や、文献調査を行った都市あら企業の事例と比較検討した。また同年3月には熊本県天草市「株式会社深川水産」「株式会社WEBクリエイション」等を訪問調査し、養殖漁獲物の加工工程の視察、魚あら処理実態の調査、有機車エビ養殖場の視察、エビあら処理実態の調査を行った。②については、広島県を継続調査した。③については、特記すべき研究成果発表として、2024年2月、韓国MOF(海洋漁業省)が主催し、KIMST(韓国海洋科学技術促進機構)が実施した「第1回漁業ゼロ廃棄に関する国際フォーラム」に招請され、招待講演(山下)および招待討論(山尾)を行ったことを上げておきたい(天野は学務のため参加適わず。これは前年度に国際会議で研究成果を報告することを決定し、その開催方法をカウンターパートと相談する中で、思いがけず主催者側ではなく招待者として参加することになったという経緯がある。会議の様子は業界新聞でも報道された(末尾に添付)。このほか、2023年11月には地域漁業学会大会(於愛媛大学農学部)において、山尾・天野および山下がそれぞれ一般報告を行った。報告内容については、同学会誌に投稿中(査読中)であるため記載を省略する。
おわりに:今後の研究の方向~先進性の検証を越えて~
コロナ禍を乗り切るためにお認めいただいた2年間の延長期間は、意外なことに我々の研究に広がりと深みを与えてくれた。海外調査はかなわなかったが、代替的に行った文献・ヒヤリング調査や過去の調査事例からの洗い出しにより、日本における漁業系廃棄物の処理には先進性があることが確認できた。その先進性とは、必ずしも最先端・高付加価値の用途ばかりに向けられるとは限らないが、生産・加工段階で排出された廃棄物全量を何らかの有用物として利用しようとしていることであり、これは廃棄物処理でしばしば用いられる用語で表現すると「最適化」である。
また、海外事例との比較において、水産加工残滓(魚あら)を食用として利用することがどれほど奨励されるべきかについての考察も行うことができた。魚あらをできるだけ食用利用すべきであるとするFAOの考え方(表3)と、食用利用はそもそも念頭になく、できるだけ高付加価値を創出すべきであるというEU共通漁業政策(CFP)の方針との間には大きな隔たりがあり、それは単に途上国型課題と先進国型課題という段階の違いに留まらない、規範的要素を含むものである(図3)。
「ゴミを宝に」は言い尽くされたスローガンであり、そこに込められた、「ごみを無駄にはしない」という方向性それ自体は合理的基準であると言ってよいだろう。ただしその宝の意味合いには規範的基準が含まれている(前掲図2)。そしてその規範の実現可能性は背後にある産業の構造や食品加工に関する文化的受容性によって大きく振れ幅を持つ。このような知見を踏まえて、今後は魚類魚あら、貝類貝殻、およびALPS処理水放出により新たな問題が生じた福島の産品と海ごみ、食品ロスについても、より広い視点からの「最適化」を模索し、新しい研究課題をまとめ、再び科研費応募に挑戦したいと考えている。
(以上。文責 山下東子)
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